お金をかけた教育の矛盾性

教育にはお金が必要だと言われます。

子供の頃にお金をかけて教育されなかったことを恨みに思っている人がたまにいます。

ですが、お金をかけて教育を受けることがどれだけいいのでしょうか?

これは甚だ疑問ではあります。

むしろお金持ちになった人や成功した人や立派な功績を残した人ほど子供の頃は家計が貧乏だったりすることも多いです。

教育というものには目的があると思います。

その教育によってその人をどういう方向に成長させるか?と言うのはそれぞれの教育によって違います。

私個人的には、例えば学校教育とかはそれほど重要ではないと考えています。

もちろん重要ですが、心の土台があってこそ、教育が生きると思うのです。

学問を早く修得する秘訣は本人に十分なやる気があることです。

子供にやりたいという思いがあれば自主的に知識を求めるのです。

そう考えた場合、知識教育以前に必要なのが情緒的教育と価値観の教育だということが言えると思います。

自分が将来何に貢献したいか?どう生きるのが納得の行く生き方なのか?自分自身の方向性がより明確になっていれば、学ぶべきものも明確になり、それに意欲を持って望むので吸収が早くなります。

教育にお金をかけることが必ずしもいいわけではありません。

クオリティが低い教育と高い教育の佐があるのは解りますが、重要なのは本人の意欲です。

やる気があれば、自ら知識を求めるので、教育する先生や周囲の環境はそこまで重要ではなく、ある程度のものであればいいのではないでしょうか?

なぜなら本人の学びたい気持ちが強いからです。

そもそもお金をかけて教育をされた人達が必ずしも世の役にやっているのかも解りません。

場合によっては教育をあまり受けなかった人の方が役に立っていることもあります。

むしろそのほうが多いようにも思います。

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